がらくた通り

人によってはがらくた同然のものでも一個人の形成には不可欠だったりする。自我の源泉をたどる旅におつきあい頂けたら幸いです。

箱根アフロディーテのピンク・フロイド

先日掃除中に発掘したライトミュージック1971年10月号。
巻頭は伝説の「箱根アフロディーテ」のピンク・フロイド

ありのまま、客観的に書かれたテキストとは言い難いが、
当時の彼等のステージを、
その場の空気とともに封じ込めた名文だ。
家庭用のビデオ、ましてやDVDもない時代。
けれども、映像作品では決して味わうことが出来ない、
圧倒的なリアリティーがここにはある。

その歴史の目撃者の目を通した、
貴重なテキストを、全文ご紹介させていただきます。

  

f:id:Dreamin:20150215062748j:plain

  

◎扉

君たちは気がつかないのかい?/自然が どんなものかってことに/泣き叫んだりしてくれなくたって/君たちの気持はわかるんだ/誰かが言ってたように 物っていうのは/いっぱいにつまった空間にすぎないんだ/だから ぼくらの吐きかける息を吸って/耳をすまし 目をこらすんだ/月や火星は 人間の欲望のためにいじくりまわされ/もうぼくたちの想像力をかきたてなくなろうとしているけれど/でも心配はいらないよ/星は まだいっぱいあるんだから/人間の欲望がおよびもつかないほど限りなく/足もとを見てごらん/アリが君に喰いつこうとしている/空気が震えてるのをちゃんと知ってるんだ

 

f:id:Dreamin:20150215062809j:plain

 

◎2p~3p

けれども……どうして彼らの音はぼくたちに星をめざして、ある夜飛び立って行った魚のことや生きている草原のことを信じさせることができるんだろう。

 

f:id:Dreamin:20150215062849j:plain

 

◎4p~5p

 霧が、雨の匂いを含んだ霧が、ひっきりなしに流れた。めまぐるしく変わる気温、一時間も並ばなきゃならない女性トイレ、高くてまずい食物、そして、坂になって坐りにくい草原。まわりの山々もちっとも美しくない、ただ夕暮時に、湖がチョット光っていたけれど。それでも、ぼく達は、ダーク・ダックスも、本田路津子も、おとなしく聞いた。それに耐えられない連中は、坂を下ったところにあるサブ・ステージに集って楽しんでいる。コンサートに来て、何かが起こるんじゃないかと、胸をわくわくさせて、じれったそうにみんなを見まわしているのは、今では老人だけど。彼等が、この種のコンサートに求めるイメージは、今だにウッド・ストックのそれであり、ぼく達の疲れた心が、もうずっと遠くまで来てしまったのを、まだ知らない。そして夕暮れは、めまぐるしく変わる空の模様と共に、ゆっくりとやって来た。

 いよいよ四人が、現れた時、ぼく達は一瞬、いつものようにステージにかけ寄ろうとして、また草の上に坐り込んだ。でも、ぼく達をそこに押しとどめたのは、司会者の言葉ではなかったと思う。歓声の中で、演奏はあまりにの静かに始った。もっとデッカイ音を出せ!というヤジがとぶ。一曲目“アトム・ハート・マザー”風の為に音が四方に流され、ぼく達に触れる前に、どこかへ運び去られてしまう。ピンク・フロイドって、こんな悪条件の中で聞くグループじゃないんじゃないかって気がして来る。ところが、しだいに変化が起った。空を見上げると——スクリーンだ!今まで見たこともない程、大きなスクリーン。風も雲も、今では、すっかり彼等の演奏の一部だ。どんなに大がかりで巧みな演出も、こんな素晴らしい効果を出すことは、とても出来ないだろう。ささやく様な声が雲の隙間にのぼって行くと、そこから宇宙が透けてみえるみたいだ。グランド・ファンクは、マシン・ガンの様な音で雨をつき破ったけれど、ピンク・フロイドは、その幽かな、しかし確かにぼく達の耳に伝わってくるサウンドで、いつのまにか、自然を従えてしまった。今や彼等は自然が雲を流すのと同じ理由で、歌い演奏していた。闇が、イヤラシイ盆おどりのやぐらの様なステージをかくしてしまった。

 夜が、彼等に耳を傾け始めた。“ユージン”そして“エコー”——とびかう音の青く透き通った不思議な鏡の迷路の中でぼく達は、ぼく達自身に千回も出会った。ステージの音が高まると霧がスウッとステージ吸いこまれ、音の湿気をうけて更に白く、どこかに流れ去った。まわりを見渡すと、そこに集っているのはコンサートを聞きに来た聴衆というよりもむしろ、不思議な音色にひきつけられ集って来て、じっと耳を傾けている動物の群れのように見えた。“コントロールされたマザー・ハート・アトム”が始った。“君達は、まだ気が付かないのかい?自然が、どんなものかってことに。泣き叫んだりしてくれなくたって君達の気持はわかるんだ。誰かが言ってた様に、物っていうのは〈いっぱいにつまった空間〉にすぎないんだ。だから ぼく等の吐きかける息を吸って、耳をすまし、目をこらすんだ。月や火星は、人間の欲望のためにいじくりまわされ、もうぼくたちの想像力かきたてなくなろうとしているけれど、でも心配はいらないよ。星は、まだいっぱいあるんだから。人間の欲望がおよびもつかない程かぎりなく。足もとを見てごらん、アリが君に喰いつこうとしている。空気が震えてるのをちゃんと知ってるんだ…”一曲終わるごとの念入りなチューニング。記者会見で、何か日本のファンにメッセージをというのに対して“まだ実際に、ぼく達のステージを聞いたことのない人達に、メッセージなんてないよ”と答えていたが、ステージを見て、彼等がいかに自分達の音に誠実に、大切にし、それに賭けているかが良くわかる。この悪条件の中で音が悪いからって誰が文句を言えるだろう。けれど彼等は、風と戦う為に、わめいたりはしなかった。しかし、電気を通じた音は、やっぱり冷たい。計算でいっぱいだ。それなのに、どうして彼等の音は僕たちに、星をめざして、ある夜飛び立って行った魚のことや、生きている草原のことを信じさせることが出来るんだろう。

 

f:id:Dreamin:20150215063015j:plain

  

◎インタビュー

—— 日本の音楽の印象は?

まだ良く聞いてないけど、ちょっと聞いたところでは、アメリカのに似てるね。
—— どういう、いきさつで今みたいな音になったのか?
ただ、何となく。
—— 今、どんなものに興味があるか?

ニコン・カメラとホンダのオートバイと、ソニー
—— 楽器を売ったって聞いたけど。
そんなことない。
—— 名前の意味は?
ただ、何となく。
—— 誰がつけたの?
(みんなが、オレだオレだと言っている。)
—— 今度の箱根アフロディーテについて。
向こうでは、1910フルーツガム・カンパニーなんかと共演するなんてことは、有り得ないことだよ。
—— 向こうでの他のバンドとのつき合いは?
言っても、君達が知らない奴等ばっかりだよ。

—— ソフト・マシーンは?
とっても、いい奴等だ。
—— キング・クリムゾンは?
そんなグループ、聞いたことないよ。

1時間以上にわたる記者会見。メンバーは終始熱心に、時には皮肉タップリに応答。
とにかく彼等が言いたかったのは、自分達はオシャベリに来たんじゃなくて、音楽を演奏しに来たんだから、つべこべ言う前に、まず音を聞いてくれ、ということだったらしい。

 

f:id:Dreamin:20150215063056j:plain